2012年3月30日金曜日


勇者派遣会社の社長となって、様々な仕事やモンスター討伐に人材を派遣する、ちょっと変わったソーシャルゲーム風の経営シミュレーションが登場しています。
勇現会社ブレイブカンパニー」です。

このゲームはニンテンドー 3DS で発売予定の同名ゲームの iOS 版という位置付けですが、まったく同じ訳ではなく、3DS 版はゲーム中の時間経過でゲームが進み、勇者が戦う戦闘シーンがあるのに対し、iOS 版は実際の時間経過でゲームが進行するためアプリを起動していなくてもゲームが進む反面、仕事が終わるには長めの時間が必要で、戦闘も簡易表示のみです。

発売はバンダイナムコ、開発は Cattle Call というメーカーで、ここは以前から DS のソフトを開発していたところのようで、PS3 で配信されている「ナムコミュージアム」の開発元でもあります。

ゲームはコマンド選択のみで進行します。
メインメニューで「お仕事」を選択するとワールドマップが現れ、各地の仕事依頼を確認する事が出来ます。
仕事を選択すると在籍中の勇者(社員)を選択する画面が現れ、派遣する人を決定して仕事に向かわせます。
勇者は最大4人まで派遣することができ、3~4人のパーティーで向かわせるのが基本ですね。

仕事が終わるには実時間の経過が必要で、10分の仕事なら実際に10分間待たなくてはなりません。
この間、アプリを起動している必要はなく、派遣だけしてアプリを落としていても構いません
しばらくして起動しチェックしてみると、仕事が終わっているという形です。
仕事が終わると報告書が提出され、勇者の冒険の内容や戦闘結果、活躍の詳細、獲得報酬などが表示されます。 アイテムや装備が手に入る事もあります。

勇者は「人事」のコマンドで雇うことが出来ますが、契約金が必要なのでその分を稼いでおかなければなりません。
またゲームが進むと本社周辺の「設備」を建設することも出来るようになります。

設備の「酒場」では Twitter のアカウントを登録しておくことで、フォローしている人のデータを元に勇者の生成を行う事が出来ます
知人のアカウントでヘンテコ勇者が作られるのを見るのは、ちょっと面白いですね。

2012年3月27日火曜日


株式会社第一情報システムズ 常務取締役 明智 憲三郎

 歴史学には全く無縁だった情報システムエンジニアが日本史最大の謎とされる「本能寺の変」の全貌を解明しました。解明された真相は従来の通説をことごとく覆すものです。その内容はプレジデント社より2009年3月に『本能寺の変 四二七年目の真実』と題して出版されていますが、本稿では歴史研究界が長年かかっても解明できなかったことをどうやって情報システムエンジニアがたった1年で解いたのかをご紹介します。

1.「本能寺の変」歴史捜査の経緯

 私は工学部出身のエンジニアです。三菱電機(株)に入社したのは1972年。情報システムの構築を担当する部門に配属され、コンピュータの研修を3ヶ月受けて早速システム設計の実務を担当させられました。当時としては大規模な国鉄の貨物操車場の自動化システム「YACS」でした。
 これが私のシステムエンジニア(以下SEと略記)としてのスタートでした。以来、一貫して情報システムにかかわる仕事をし、SEとしての技術を磨き、身に付けてきました。情報システムの企画から保守までの全てを経験した後、その実務担当の立場を卒業しても、自分の仕事のスタイルは全てSEとして身に付けたスタイルを通しました。専修大学の魚田先生はSEとは「システム分析、設計、開発して一つのシステムをまとめ上げる人」と定義されていると本会員コラムに静岡大学の市川照久先生が書いておられます(2009.8.25)。正に私はどのような仕事も「分析し、設計・計画し、実行して一つのものをまとめ上げる」やり方を通してきました。
 こうして仕事一途に取り組んできた「SE」が7年前、57歳のときに突然「本能寺の変の全貌解明」を自らやらざるを得ないと決意しました。
 なぜかというと、「本能寺の変」の歴史研究にはSEから見れば根本的な誤りがあり、真相解明が全く期待できないと思ったからです。「このままでは誤った常識が世の中に益々蔓延してしまう。自分が生きている間に何としても真相を明らかにしたい。これは何年かかるかわからないプロジェクトなので、今始めないともう間に合わない」。そういう危機感が明智光秀子孫の心の臨界点をとうとう越えてしまったということです。

2.「本能寺の変」歴史研究批判

 それでは何故、これまでの歴史研究では「本能寺の変」の真相に行き着けなかったのでしょうか。
 そこには「本能寺の変」を研究する方々に共通する、根本的な研究姿勢の問題があります。

(1)軍記物容認
 一つ目は「軍記物容認」です。
 軍記物とは江戸時代に木版印刷されて出版された「戦国物語」です。本能寺の変に関するものとして有名なものは本能寺の変から四十年以上たって出版された『太閤記』や百十年以上もたって出版された『明智軍記』です。
 軍記物に書かれた話は『太閤記』を原本とした吉川英治『新書太閤記』や『明智軍記』を原本とした司馬遼太郎『国盗り物語』で世の中に広がり、さらにNHK大河ドラマで日本中の隅々まで知れ渡りました。皆さんがご存知の「本能寺の変」についてのエピソードはどれも軍記物に書かれているものと思って間違いありません。
 このような軍記物に初めて書かれた話は史実ではなく作者の創作だとみるべきですが、驚くことに歴史研究者がこれらを史実として扱っているのです。そもそも軍記物は物語です。これは何ページか実際の軍記物を読んでみればたちどころにわかります。工学の分野で研究者がSF小説に書かれている話を事実として論文に使ったら笑い者になりますが、「本能寺の変」研究ではそのようなことが大手を振るってまかり通っているのです。「軍記物に書かれていることを史実と混同するな」という人の方が笑い者にされてしまうような驚くべき状況です。
 犯罪捜査でいえば、不確かな証拠や証言をもとにして犯人探しが行われているわけなので真犯人が見つかる可能性は全くありません。真実には決して行き着けないのです。

2012年3月25日日曜日



自分にとっての最高の一服をどうやって探し出すか。
「もっと美味しい煙があるのではないか?」
シガーやパイプを始めると気になってくるはず。

今回は貴方にとって最高の一服を探す旅に案内しよう。
お気に入りのレストランを探すためにガイドブックを開いたり、ウェブを巡回したりする経験は誰にでもあると思う。
タバコにもそういったサイトが存在する。今回紹介するタバコ・レビュー・サイトを最大限に利用して最高の一服を探そう。


〈シガー編〉

Cuban Cigar Reviews & Ratings

ほとんどのキューバ産シガーが、星1つから星5つ(最高)の5段階(実際には星半分もあるので10段階)で採点されている。
英語のレビューが読めなくても、星の数をかぞえればいいわけで気軽に使える。シガーの基本情報も押さえてある、良いサイトだ。

SMOKE Magazine Online

Cigar Reviewsのコーナー。0.5〜4.8点まで世界中のシガーを対象にレビューとレイティングがある。
雑誌なので記事も充実している。

Cigar Aficionado

2012年3月23日金曜日


2009年8月25日
IFLA(国際図書館連盟)年次大会2009(ミラノ、イタリア)
特別なニーズのある人々に対する図書館サービス分科会

ヴィベッケ・リーマン(Vibeke Lehmann)
アメリカ合衆国
  ウィスコンシン州 マディソン市
図書館・教育技術コンサルタント

これから、「本を通してバリアをなくす」("Breaking Barriers with Books")についてお話します。これは、刑務所内の世代を超えた画期的な識字・読書プログラムで、アメリカ合衆国ウィスコンシン州のオシュコシュ矯正施設(Oshkosh Correctional Institution)で14年間にわたり実施され、成果を上げてきました。ウィスコンシン大学読書学教授のマーガレット・ジェニシオ(Margaret Genisio)博士によって1995年に開発されたこのプログラムの理論的な枠組みを簡単に紹介し、プログラムのさまざまな要素について、さらに詳しく検討していきます。

さらに、プログラムに参加した父親受刑者らが記した文章もいくつか実例としてお聞きいただき、合わせて、受刑者ら自身とその子供たちにとって、一緒に本を読むというこのプログラムが重要であることを語った受刑者たちの証言も聞いていただきます。また、このプログラムの成功に貢献するいくつかの要因についても論じるつもりです。

Breaking Barriers with Booksはどのように始まったか

1996年、ウィスコンシン州の大規模でセキュリティレベルが中程度のオシュコシュ矯正施設(OSCI)で、何やら新しい、わくわくすることが、多くの受刑者の好奇心を掻き立てていました。色鮮やかな児童書を持ち歩いたり、実際に声を出し、身振り手振りを交えて、おかしな顔をしながらそれを読んだりしている受刑者の姿が見られたのです!これらの人々は、"Breaking Barriers with Books (BBWB)"への参加登録をしたのだという噂がすぐに広まりました。これは、少人数のボランティア受刑者たちによる前年度の試行が成功したことを受けて、今では本格的に実施されているプログラムでした。児童書を抱えている人たちは、朗読活動や本についての語らいを通じて子供たちと絆を結ぶことについて、さらに深く学びたいと切に願っていました。

これらの受刑者たちが、男ばかりの刑務所という、タフで強靭なイメージを周りに与えるのが何よりも重要とされる雰囲気の中で、この「子供たちとの」プログラムに登録するのは、勇気がいることでした。その上これらの父親受刑者たちは、それ以前に児童文学に触れたことはなく、朗読活動がどういうものなのかもまったくわかっていませんでした。「フレディ」・ジャクソ ン("Freddy" Jackson)は、登録はしましたが、このプログラムが自分のためになるとは、すぐには納得できませんでした。結局のところ、自分の成長過程において、誰も本を読んではくれなかったのですから。そこで、5週間の授業(必須要素)のうち、最初の2,3週間、彼は一言も発しませんでした。「もちろん、自分のマッチョなイメージのためでした」と彼は話していましたが、その後、「自分の間違ったプライドをたたき壊しました」と認めました。彼は次に、自分の2人の子供たちのために、子供向けのシリーズ本を朗読し、数本のビデオテープを製作しました。ビデオは、遠くに住んでいて、彼に会いに来ることができない子供たちのもとへ、心を打つ詩と手紙とともに送られました。「父さんはいつだってお前たちを愛している。深い、そし� �本物の愛で。お前たちは神様からの贈り物だ。そしてこれが、父さんからお前たちへの贈り物だ」というのが、彼が記した言葉の一部です。彼はまた、読んでいる本について子供たちと電話で話をします。「このプログラムは私に、ついに立ち上がり、男としてあるべき姿にならなければならないということを教えてくれました。それは、子供たちにとって本当の父親になるということです」とジャクソンは語ってくれました。

クリス・プライス(Chris Price)は、初めて幼い息子を膝に座らせて、お話を読んでやったとき、父親としての喜びを初めて感じました。「その日、本を読んだ後で、子供が私のところから歩いて行ってしまった時、涙が出ました」とプライスは言いました。「今では私たちはいつも本のことを話しており、いつの日か田舎をドライブして静かな場所を見つけ、一緒にただ座って本を読むことができたらと夢見ています。」

13年後の今日、BBWBはOSCIで今なお順調に活動を続けており、総合教育プログラムと図書館サービスで常に知られてきたこの施設だけで、数百人もの受刑者たちがプログラムに参加してきました。プログラムは大きな成功を収め、ウィスコンシン州のほとんどすべての刑務所に(ときには若干異なる形態で)導入され、アメリカ合衆国の他の多 くの州でも、同様なプログラムのモデルとして役立てられてきました。また国際矯正教育協会(International Correctional Education Association)を通じて、諸外国からの問い合わせも受け付けてきました。

BBWEはウィスコンシン大学オシュコシュ校のマーガレット・ジェニシオ読書学准教授によって開発され、ジェニシオ准教授はその後、このプログラムの成功で全国から注目されるようになりました。「読書学と識字学が私の専門ですが、父親によりよい親となる方法を教えるために、それらを利用するというアイディアが浮かんだのです」と彼女は語りました。「刑務所に入っている人たちの多くは、子供との絆を築くことの重要性や、子供と一緒に本を読むことがどれだけ大切かを、それまで一度も教わったことがありませんでした。もし子供たちが非常に幼いころから本を読み始めれば、それは日々の習慣となります」とジェニシオは言いました。「そしてもし親たちがそのお手本になれるなら、それはとても、とても大きな力を� �揮します。矯正制度においてそれは、ともすれば多くの思い出を持たない父と子の間に、非常に肯定的な記憶を作ります。」「子供たちに、ただ面会室に来させて跳ねまわらせる代わりに、これらの人々は本を読み、子供たちと素晴らしい時間を共有しています」と彼女は付け加えました。「彼らはまた、刑務所を出てからも続く関係を築いているのです。」

興味深いことに、当初ジェニシオが刑務所内での識字プログラムの開発に関心を持った際、彼女はただ受刑者の識字スキルの向上のみに焦点を絞っていました。しかし、6ヶ月の間刑務所の生活を観察したのち、父親受刑者たちには、子供たちとの関係を築くための支援が必要であること、つまり、彼らは「子供たちとの思い出作りや会話など、相互関係を維持していくための� ��媒を必要としている」ということに気付いたのです。このようにして、幅広い、多面的な、世代を超えた読書・識字プログラムに、子供主体の要素が盛り込まれました。

刑務所内で父親が子供と一緒に本を読むプログラムの必要性

ありのままの数字をいくつか見れば、BBWBのようなプログラムが必要であるのは明らかです。

2012年3月20日火曜日

ハロウィンの基礎知識

もうほとんど日本に定着したと言ってもいいほどハロウィンは有名になりました。日本で子供の英語教育が盛んになってくるにつれ、ハロウィンも一緒に有名になってきたのでしょう。子供の英語では文化を取り入れることはもはや当然。そのメインになる文化がハロウィンです。子供たちは、ハロウィンという外国の文化を通して英語を学び伸びていってくれます。

でも意外にハロウィンについて詳しく知らない人も多いのでは?私自身、ハロウィンのことはよく理解しないまま児童英語の先生になりました。その後、実際に米国で体験したり、ハロウィンの歴史、宗教との関わり、リンゴやカボチャの意味など調べていくうちに理解できるようになった気がします。では、素朴な疑問点について簡単に説明しましょう。

ハロウィンはいつ?

2012年3月18日日曜日

今日は日本代表の話につきるでしょ!と思ったら大間違い(笑)というか、私が離れられないスウェーデン代表話もついでに。

☆日本代表、最後のひとり

最後の巻ちゃんの名前に会場が「オオーッ」とどよめいた。サプライズだという。
「自分が選ばれたってことは、落ちた人がいるってことで・・・泥臭く、アグレッシブに頑張りたい。」
「泥臭くアグレッシブに」っていうのが、どっかで聞いたようなイメージだと思ったら、そうそう、そのまんま4-6年前の鈴木隆行だ。

どのくらい隆行とプレイスタイルが似てるかはわからないけど、ヤナギや大黒みたいにやわらかく動いて鋭く飛び出してパスを引き出したり裏をかいたり、というよりも、細かいことを気にしなそうで、体つきとか、ガイジンにも当たり負けしなそうとか、くさびのパスを受けてキープできるとか、なんかそんな感じだ(何かそういうプレイスタイルの専門用語があったんだけど、なんだっけかな?)。

ただ、隆行の場合は、一足お先に2000年のコンフェデでブレイク、代表づいていたので、WC代表選抜にもそれほどサプライズはなかったんだろう。それを考えると、今回の巻ちゃんはいかにセンセーショナルってことか。しかも、本人はあんまり今日のことも先のことも気にしていなかったのか、先日の雨の大変なスコットランド戦の翌日にもナビスコでプレイしていたというのがいい。

巻ちゃんの秋田犬チームサポのpentaさんに夕方、お祝いメールを送ったら、pentaさんったらまだ感動して泣いていた(笑)。



xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml" xml:lang="ja"> Sanseido Word-Wise Web [三省堂辞書サイト] » コラム
2011年 8月 9日 火曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第120回 漢字の現在、単行本に

 連載中の「漢字の現在」が単行本として、書店や図書館などに並ぶという幸いに恵まれた。このWEBで読んで、直接、間接に励ましてくださり、また情報をお寄せくださった方々、そして書籍の形に不眠不休で誠実に仕上げてくださった編集の方のお陰である。

 連載は、まだまだ続くことになるが、とりあえず第108回までで、1冊にまとめてみた。世に百八煩悩というが、現代日本の漢字を中心として、文字や語から、字体や表記から、内側や外側から、身近なものや縁遠いものから、あれこれと目に付き、気になり、考え悩んだ経過と結果と見れば、なるほどもっともな数だと思う。そのうち、別の媒体に発表したものや、これから形を変えて公刊するものを除き、100回分近くを再編集したものである。

 毎回アップしてもらった原稿のままでほぼいいかな、と初めは思っていたが、真っ白な校正紙を目の前に置くと、ついついあれこれと思い当たり、赤字を書き加えたくなる。WEBの画面と紙面とでは、そうとう雰囲気が異なるのである。横書きが縦組みにされただけでも、表情が全く変わってきてしまう。まず、口頭語的な表現は、紙メディアには似合わない。どんどん赤字が入る。画面上では気付かなかった誤植や遺漏も目に付いて、気にかかってくる。

 そして何よりも内容も、一新したくなる。その時々で精一杯のことを書いているつもりなのだが、早いものでは4年近く経過した文章だ。私も今回、入稿する時点でその盛り込みは始まっていて、初校に及びそれが極まり、校正紙が真っ赤になるほど速筆による記入をしてしまった。初校だけでなく、再校でもそれは続き、編集や校正の方々には思わぬご面倒をお掛けしてしまい、申し訳ないことだった。そう思いながらも時間の限りそれは続けたのだが、物理的に可能なところまで許してくださった寛容さに、感謝するばかりである。

 漢字などの日本の文字やことばを研究していると、これで完成で、もう安泰だ、という時はなかなか訪れない。子供の頃からずっと追いかけていても、追いついたという実感を得ることが難しい。なぜなら、漢字は、過去の情報は調べただけ見つかり、さらに現在も日々動きを止めずにいるからだ。変化や変異を含めて実態を追いかけていきたいので、毎日いや毎時、新鮮な逢着があり、ささやかな発見や思いつきも次々と立ち現れる。

 むろん夥しい忘却も並行して起こるのだが、素材に関して新たに考え直すことが続く。変化に富む文字と同時代に生きる我々でも、文字は絶対性や保守性が意識を占めやすく、対象化しえないかぎり常識的な、いいかえると静的で閉じた存在として映ってしまう。その動態に気付きにくいのだ。つまり、今回、単行本化に当たって大いに増補訂正した訳は、テーマが漢字の「現在」だからである。

 「ことばは生き物だ」と唱えた命題が聞かれる。「文字も生き物だ」という慨嘆も耳にする。しかし、それらはメタファーに過ぎない。ことばや文字それ自体に、固有の生命があるはずもない。それを生き物のごとく躍動させているのは、ほかでもない人間だ。そしてそれは一握りの政治家や官僚、学者ということではなく、それを読み書きするすべての人々なのだといえる。

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【筆者プロフィール】

笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。最新刊は2010年10月に発売、"漢字の現在"を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)。

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【編集部から】
このサイトにて連載中の「漢字の現在」が、ついに、書籍になります。
書籍化にあたっては、連載を再構成のうえ加筆・修正をほどこし、それは、まさに日本の「漢字の現在」を映し出す一冊となりました。
発売は8月23日。これを記念し、笹原先生にひとことお寄せいただきました。

2011年 8月 7日 日曜日 筆者: SADANOBU Toshiyuki

Character "age" (5)

Previously, I began dividing characters into four categories of character "age," of which I introduced the "senior citizen" (part 69) and "baby" (part 70). Remaining are the "youth" and "elder" characters, which are positioned between the "baby" and "senior citizen."

The "youth" uses so-called "youth slang," for example kimokawa(1) (creepy-cute) and panee in place of hanpa de naku (sugoi) (incredible)(2). Actual young people might say: "Kimokawa and panee are already outdated. The new hotness is…." Or they might say "I don't understand youth slang. I don't speak it either." There are various types of youth, but the idealized "youth" character speaks in youth slang.

However, if we turn to more grammatical matters, such as auxiliary verbs and interjectory particles, we find that modes of speech that are specific to "youths" are fewer than expected. For example, the returned rising final intonation of the interjectory particle yo-o (part 67) in bengoshi ga yo-o, zaisan wo yo-o… (the lawyer [did something about] the assets…), cannot be said to be a "youth" mode of speech.

It has always been merely a "vulgar" mode of speech. An "elder" of low class would use it, while a "youth" of high class wouldn't.

However, we can see characteristically "youthful" phenomena in pronunciation. One is the style of saying an entire negative-form adjective with a rising intonation. For example, in seeking for another's agreement, a youth would say kore, karakunai? (isn't this spicy?), using the negative form (karakunai) of the adjective (karai), and pronouncing the entire word with a rising intonation. In other words ka would be said with the lowest intonation, ra a bit higher, ku even higher, na higher still, and i with the highest intonation. This has been denigrated as the abrasive speech style of "youths," but it is not exactly an innovation. For example, when inviting someone to go somewhere, i.e. seeking their consent, one might use a verb in its negative form and give the entire word a rising intonation —ikanai? or ikimasen? (won't you go [with me]?). This mode of speech has been around for a long time, and now it has simply been applied to adjectives.

Looking only at "female" "youth" characters, i.e. "young ladies," we can further observe unique pronunciations. "Young ladies" are the only characters who, upon seeing a small animal or child, will affect nasal speech Iyu-n, kuwayuii (i.e. Iya-n, kawaii -Aah! How cute!) while writhing ecstatically. What on earth is this? If they were imitating the "baby" style in an attempt to sound cute, I'd understand, but even "babies" don't talk like this. Perhaps they are carrying the cuteness of the "baby" style to its logical conclusion, or maybe it is something completely different.

Between the "senior citizen" and "youth" is the "elder." The "elder" may use so-called "middle-aged expressions" like doron suru (sneak away), but it is very hard to find any mode of speech, either in terms of grammar or intonation, that is peculiar to the "elder." Their use of arrogant or obsequious speech is, ultimately, the speech of "superiors" or "inferiors," and is therefore linked to "status" not "age."

In the age groups that fall between the "senior citizen" and "baby," the perspectives of "class," "status" and "gender" probably have more significance than "age."

I already spoke at some length on "class," "status," "gender," and "age" (part 57–). I tried to be as comprehensible as possible, but I am sure my readers have various questions for me. I would like to proceed by anticipating then responding to some of these questions, and thereby supplement my explanation of the forms of verbal characters as I see them.

* * *

(1) Contraction of kimochi warui (creepy/unsettling) and kawaii (cute).

(2) Hanpa by itself means "half," but is often seen paired with the negative –"hanpa ja nai" or "hanpa de naku"– not by "half" or in other words, "very much/incredibly." Panee is apparently a contraction of the last syllable of hanpa and the last part of the casual form of the negative auxiliary verb -ja nee.

An Unofficial Guide for Japanese Characters 73 >>

author

Toshiyuki SADANOBU.
Professor of Linguistics at Kobe University. Ph.D.: Kyoto University, 1998. Research Interests: Personal Experience in Grammar and Communication.
Selected Publications:
(1) Bonnou no Bunpou: Taikien o Kataritagaru Hitobito no Yokubou ga Nihongo no Bunpou System o Yusaburu Hanashi (The Grammar of Earthly Desires: How Our Desire to Narrate Daily Experiences Shape Japanese Grammatical Systems). Tokyo: Chikumashobo, 2008;
(2) Sasayaku Koibito, Rikimu Repootaa: Kuchi no naka no Bunka (Whispering Lovers and Creaking Reporters: Culture in Our Mouth). Tokyo: Iwanami, 2005;
(3) Ninchi Gengoron (A Cognitive Study of Language). Tokyo: Taishukan, 2000.
URL:

2011年 8月 7日 日曜日 筆者: 定延利之(中文)

角色的年龄(5)

我把话语角色的"年龄"分为4类,先后介绍了其中的"老人"(见第69节)和"幼儿" (见第70节、第71节)。剩下的两个类是"年轻人"与"中年人(在此指50、60岁的中年)"。他们位于"老人"和"幼儿"之间。

"年轻人"一般说"年轻人用语"。比如,把"気持ち悪いがかわいい (kimochi warui-ga kawaî, 虽恶心却可爱)"说成"キモカワ (kimokawa)",把"半端でなく(すごい)(Hampa-denaku (sugoi), 厉害)"说成"パねえ (panê)"。不过,在现实社会当中,有的年轻人说"'キモカワ (kimokawa)'和'パねえ (panê)'之类的说法都太旧了,现在(我们都说)――",也有的年轻人说自己"既不知道也不说什么年轻人用语"。但在我们印象中的"年轻人"一般都说年轻人用语。

不过,从助动词或间投助词等语法的角度来观察的话,"年轻人"特有的说话方式却出乎意料地少。例如,像"弁護士がよぉ、財産をよぉ、… (Bengoshi-ga-yô, zaisan-o-yô, 律师啊,把财产啊,…)"中的"戻し付きの末尾上げ (modoshitsuki-no-matsubiage, 回降型尾高)"语调里的间投助词"よぉ (yô)"(见第67节),乍一看像是"年轻人"的说法方式,但仔细观察的话,会发现这其实不是"年轻人"的表达方式。这只不过是种"粗鲁"的说话方式罢了。年纪虽大但说话粗鲁的人会使用这种语调;反而,年轻但说话高雅的人就不使用。

但是,也不是说完全找不到"年轻人"特有的说话方式。"年轻人"用上升语调来说形容词的否定形就是个很好的例子。请想象一下某说话者觉得某食物的味道很辣时,说"これ、からくない? (Kore, karakunai? 这个,不辣吗?)"(形容词"からい (karai, 辣)"的否定形"からくない (karakunai, 不辣)")来向同伴征求同意。这个时候,会将"からくない(karakunai, 不辣)"整体的语调都提高。即,用最低的声音说了"か (ka)"之后,再用稍微高一点的声音说"ら (ra)",在"く (ku)"上更高一点,在"な (na)"上更加高,在"い (i)"上的声音最高,这样说话的就是"年轻人"。

话虽如此,这个语调并非完全是"年轻人"专用的。例如,以动词否定形"行かない? (Ika-nai? 不去?)""行きません? (Iki-masen? 不去?)"来约对方并征求同意的时候,用上升语调来表达动词否定形的方式是早就存在着的。大人们常批评说"年轻人"的"からくない? (Karaku-nai?)"听起来很刺耳。其实,年轻人只不过是把大人们以动词的否定形来征求同意的说法应用到了形容词的否定形上而已。

将话题限定在"年轻人"中的"女人",即,"姑娘"上的话,可以更进一步地观察到独特的发音方式。比如,在看到小动物或小孩子后撒娇似的扭动着身体说,"いゅーん、くゎゅいい (Iyûn, kwayuî)"(いやーん、かわいいー (Iyân, kawaî. 哎呀,好可爱哦))的只能是"姑娘"。这究竟是为什么呢?如果说是为了以可爱的方式说话而模仿"幼儿"的话还可以理解,但问题是"幼儿"并不这样说话。那么,是因为"幼儿" 的说话方式可爱到极点的话,就会成为这种形式的呢?还是其实原本就跟"幼儿"没有任何关联的呢?总之,"姑娘"有这种说话方式。

在"老人"与"年轻人"之间存在着"中年人"。"中年人"说"オヤジ言葉 (oyajikotoba, 老爷子语)",但在语法和发音方面几乎找不到"中年人"特有的说话方式。自大的说话方式或拍马屁的说话方式,归根到底其实就是"目上 (meue, 长辈、上司)"或"目下 (meshita, 晚辈、部下)"的说话方式。也就是说,这些是与"格调"对应的说话方式,而不是对应于"年龄"的。或许可以说,对位于"老人"和"幼儿"之间的年龄段的角色来说,"品 (格)"、"格 (调)"、"性别"所具有的意义远远大于"年龄"吧。

自第57节以来,一直从"品 (格)"、"格 (调)"、"性别"、"年龄"的角度描述了话语角色。我尽量以简单易懂的方式来表达,但读者心中大概仍有很多的疑问吧。今后将回答我所设想到的疑问点,并以此方式来对话语角色进行更深一层的补充说明。

角色大世界――日本 73 >>

2012年3月16日金曜日

CDの音質そのまま残すなら、CDのケースとジャケットを捨て、中身だけCDファイルで保管するのが良いです。CDの音質のままPCに取り込むならノートのHDDはアッという間に無くなります。

現実的には音質は落ちますがMP3に代表される圧縮した形式に変換し、しかる場所に保管する事になります。

2012年3月14日水曜日

2012年3月13日火曜日


On Tue, 30 Jul 2002 08:43:51 +0900 (JST)

お答え致します。

私共のホームページ。「絵の具のコーナー」をご一読下さい。
此処に書きましたことは、少し難しいかもしれません。ご質問の内容が、多岐に渡りますのと、他のメーカーの製品との比較になりますので、批判する内容にならざるを得ません。これを避けるよう、お答えに苦慮いたしましたが、此処では真実をお答え致します。

大変良い経験をなさいました。!

色のついた、土や石を絵の具の材料として使うと言うことは、何万年も前から人類が絵を描く材料ととして用いてまいりました物で、これらの物質の一部は絵の具の材料として今なお用いられています。これが「無機顔料により作られた絵の具」です。
「無機顔料」と言う言葉が出てまいりましたので「色」を作っている材料をご説� ��致します。

「色」の元を大別いたしますと「染料」と「顔料」の二種類です。

・「染料」 これは、粒子(色の粒)をまったく持たない物質で、布や紙の繊維に染め付ける事により、発色させます。つまり、繊維に浸透させ、この繊維を媒体として発色させます。草木染め、万年筆のインキが此れにあたり、繊維に浸透させるには粒子をまったく持たないほうが、都合が良いわけです。
 しかし、色は光の紫外線にに対して大変弱く、色を破壊してしまいます。粒子を持たない「染料」では、紫外線が、深部まで直接浸透いたします。変色や退色が比較的早く起きてしまいます。この為「色褪せ」が起きます。

Das Gebäude ~端正なものはやはり美しい~

 オーストリアの建築家オットー・ヴァーグナーの設計した建物(Gebäude)というと、全面カラフルなタイルで覆ったマジョリカハウスやユーゲント様式のカールスプラッツ駅舎等で知られているが、晩年の作であるウィーンのこの郵便貯金局(Oesterreichisches Postsparkassenamt)の建物もそのひとつだ。1904年に着工されたが途中建設が中断されたりして最終的に全体が完成したのは1912年だった。

「ブヒる」の意味と使い方

最近ネットで目にすることが多くなった「ブヒる」という言葉ですが、よく意味がわからない人も多いのではないでしょうか。

その起源と意味、使い方を説明します。

「ブヒる」は美少女キャラへの愛情表現

「ブヒる」とは、アニメや漫画など二次元の美少女キャラに対する愛情表現です。

通称「萌え豚」と呼ばれる人々が、文字通り豚の鳴き声のように「ブヒィィィィ」と魂の叫び声をあげている様子を指します。

「ブヒる」の起源

美少女キャラに萌えるオタク、「萌えオタ」に対する蔑称として「萌え豚」という言葉が使われるようになりました。

発掘!あるある大事典』(はっくつ!あるあるだいじてん、通称:あるある)は、1996年(平成8年)10月27日から2007年(平成19年)1月14日まで関西テレビが制作・フジテレビ系列(FNS)で毎週日曜日21:00 - 21:54(JST)に放送されていたテレビ番組。(少なくとも名目上は)健康・科学番組に分類されるが、番組の実際の放送内容に関しては非常に多くの問題点を含んでいるものであった。

2004年(平成16年)4月以降に改題した『発掘!あるある大事典II』についても記述する。

1996年10月27日、『花王ファミリースペシャル』の後番組としてスタート。2004年(平成16年)3月末の第379回にて一旦終了後、2004年4月からリニューアルし、番組名は『発掘!あるある大事典II』となった。2006年4月以降、ワンセグにて連動データ放送を放送しており、世論調査に参加できるようになっていた。

健康・からだ・レジャー・脳と心・美容・食・暮らし」などをテーマに生活情報の提供を行っていた。特に、健康・からだ・食のテーマが多かった[1]

日曜夜9時のテレビ番組では、裏番組の『知ってるつもり?!』(日本テレビ)と『ASAYAN』(テレビ東京)を終了に追い込み、『行列のできる法律相談所』(2002年4月 - )(日本テレビ)、『日曜劇場』(TBS)、『日曜洋画劇場』(テレビ朝日)と本番組を含む4番組で互角の視聴率争いを繰り広げていた。

大手生活用品メーカー花王が一社提供していた[2]。また、花王一社提供の共通テロップ[3]が放送される2007年1月当時唯一の番組であった[4]

また、CM等でよく流れていた2004年4月以降のテーマ曲はPOLYSICSの「ドモアリガトミスターロボット」である。

I時代の平均視聴率は14.8%、2004年以降のII時代は15.1%だった。

安定した視聴率が証明するように、関西テレビの看板番組として人気を集め、健康ブームにも影響を与えたとされるが、データ捏造問題発覚(詳細は後述)により2007年(平成19年)1月に番組終了を急遽決定した。この問題はテレビ局の放送倫理に関わる件として大きな社会問題となり、関西テレビの体制にも変革をもたらした。

また、この捏造問題は科学誌『ネイチャー』にも取り上げられ世界中で話題となった。

[編集] 指摘される問題点

番組内容の信憑性については疑問を呈する意見が少なくない。以前放送した内容を、その後に放送した番組内では事実上否定していることもたびたびある。

また2007年(平成19年)1月7日放映の『納豆問題』発覚以前より、2006年(平成18年)5月25日に出版された三才ブックス発行の鷺一雄の著書『また「あるある」にダマされた。』ISBN 4-86199-042-4 より『問題番組』と指摘されており、番組の内容のみならず、番組内で行った実験は全くの無意味であったことが指摘されている。

そのような科学的には無意味な実験も「血液型」「ダイエット」などの回で多用されている。また、一見正しい実験方法であっても明らかに被験者の数が少なく、対照実験(似たようなものを用いて比較し、有効性を確かめる実験)も行われたか定かではなく[5]、多くの場合は個人差レベルであることも指摘されている。また、「-であると考えられる」程度の所見を断定口調で説明したりすることも多い。そのような指摘を受け、番組内でも「実験はあくまでも参考であり、実際の効果を示すものではありません」という注意書きが入る場合もある。

食品に関して言えば、効果をもたらしているのは特定の成分であり、決まった食品から摂取する必要は無い。また人によっては摂取する事により逆に健康を損なう可能性のあるものも存在する。過去、番組内で紹介した「にがり」ダイエットでは、実際に番組を見て試した人が下痢などの症状を訴えることが相次いだため、後に厚生労働省からの警告が出た[6]

また、番組内で取り上げられた商品が、翌週には店頭で品切れが続出するという現象も多数起きているが、最近では一部の販売店等で番組内容を事前に知って品揃えを強化し、増産体制をとっていたケースもあったことから、「番組内容が特定の商品や業界と事前に示し合わせたPRの一部である」という誤解もあるが、実際にはロケ時に措いて放送内容が一般に知られる為、本番組に限らず、健康番組などはロケから放送までの間に品揃えを強化することが一般的である。また、ロケ先は個人業者が多く、地域の商工会などにアポイントを取るなど業界との繋がりは見受けられない。

ただし、2007年(平成19年)1月7日放送の納豆については、PJニュースが大手スーパーと中小スーパー、零細商店での納豆の流通量の差を問題視し、記事で実際に流通サイドに放映内容が事前に伝わっていたことを明らかにしている[7][8]。この放送の反響は非常に大きく、全国のスーパーで納豆が売り切れ品薄となる異常な事態となっていた。また、納豆メーカーには通常より大量に納豆の発注がされており、増産態勢に追われ、新聞にお詫び広告を掲載する事態となっていた。また、この事態はフードファディズムの顕著な例でもあった[9]

2004年に放送があった「顔ヤセの科学」(10月31日放送)の回で『アサヒ芸能』が被験者の告発を元に「実験日数の虚偽」や番組では放送されていない「矯正器具の使用」の、編集作業による「顔画像の修正」などがあったと掲載。この記事に関して関西テレビ側は一部の内容について認めているが番組に問題はないとしている。

2007年1月7日の放送でデータの捏造が発見され同月14日の放送をもって打ち切りとなった。データ捏造問題を参照のこと。

[編集] メイン司会

堺(・ヒロミ)はアシスタントとともに番組進行。志村・柴田は司会というよりレギュラーゲスト的扱いで、健康法などを体験したりする。

[編集] アシスタント

関西テレビが制作していたが、歴代のアシスタントは全員フジテレビの女性アナウンサーが務めていた。関西テレビの(女性)アナウンサーが起用されないのは、収録で東京へ出張させるほどの人数やシフトの余裕が無いのと、全国ネット番組では男性アナウンサーの活躍が目立つ(古くは杉本清、桑原征平、梅田淳。2000年代頃からでは山本浩之、岡安譲、川島壮雄など)会社のカラーからだと思われる。またスタッフロールに出ない部分(キャスティングなど)でフジテレビの関係者が番組に携わっていたからではないかという説もある。

[編集] 主なコーナー

以下は「II」のみのコーナー。

2012年3月12日月曜日


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2012年3月11日日曜日

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<主にMBTIタイプ入門 (金子書房)から引用しています>

ここでは、ユングの理論から発展させたMBTIという指標を使った4つの質問から、

あなた自身の本来の指向をさぐっていきましょう。

その準備として、簡単なエクササイズをしてみますので、簡単なメモ用紙と筆記用具を準備してくださいね。

まず、普段するように、あなたの名前をメモ用紙書いてみてください。

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次に、今書いた方の反対の手を使って、あなたの名前をメモ用紙に書いてみてください。

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あなたが、普段使っている利き手で、名前を書くときと、反対の手を使って書いた時では、どのような違いを体験しましたか?

一般的� �は、以下のような反応が多く聞かれます。

利き手 反対の手
・自然
・何も考えずに書けた
・苦労しないし簡単
・文字がきれいで読みやすい
・大人の文字
・不自然
・考えないと書けない
・意識し、集中しないと書けない
・労力がかかる
・ぎこちなくて稚拙

こうした人々の反応やあなたが実際体験したときの感想が、「指向」そのものの考え方として説明できます。

「あなたは必要に応じてどちらの手も使えるし、実際には常に両方の手を使っているが、

文字を書くときには、一方の手の方が自然で自分らしい字が書けるが、反対の手では労力を要し、ぎこちなく感じる」

あなたは、訓練すれば指向しない方の手でも文字を書けるようになりますが、

一日中利き手でないほうの手を使って仕事をしたり、勉強したりするのは、かなり大変なことであることは、想像できると思います。

このときのあなたの心の利き手が、あなたの指向(強み)であり、反対の手が指向していない(弱み)であると考えられます。

このことに注� �し、次の4つの質問にたいして、

各項目の2つの機能のうち、あなたは、どちらの指向をより好むのかを、考えてみてください。

どちらか一方を選ぶのに迷ってしまう場合では、少しでもより強く自分が感じる方を選んでくださいね。

@外向 か内向か

A感覚か直観か

B思考か感情か

C判断的態度か知覚的態度か

これらの指向には、どちらを選んだほうが正しい、あるいは、良いということは一切ありませんし、優劣をつけるものでもありません。

指向の違いは、ただ単に、異なることに関心を向け、異なる分野に興味を持つ、多様な人々を生み出すだけです。

MBTIの指向を表す言葉には、普段から聞きなれているものもありますが、

日常会話で用いられるときとは、異なった意味で使われているので注意してください。例えば、

・「外向」は、「社交的」とか「明るい」ということではありません。

・「内向」は、「内気」とか「消極的」なこととは違います。

・「感情」は、情緒的にいう「感情」とは違います。

それでは、診断を始めてみましょう!

@外向  か内向 か (どこに関心を向けることを好むか)

「外向」を指向する人に多くみられる特徴
Extraversion)
「内向」を指向する人に多く見られる特徴
(Introversion)
・自分の周囲で起きていることに注意を払う
・話すことによるコミュニケーションをより好む
・実際に行動したり、人との関わりを通じて、学ぶ
・興味を広げる
・人と話をしながら考え、まとめていくことが多い。
・人との交流を好み、自分を表現することが多い。
・すすんで周囲の人や出来事に関わっていく
・自分の内面に起きている事に注意を払う
・書くことによるコミュニケーションをより好む
・内省したり、肉体的体験を通じて、学ぶ。
・興味を掘り下げる
・考えがまとまってから話すことが多い。
・一人でいることを好み、
自分を表現することが少ない
・今していることに集中して取り組んでいく

さて、あなたは「外向」と「内向」、どちらをより指向しますか?

「外向」の方は「E」、「内向」の方は「I」とお書き下さいね。

A感覚か直観か(どのように情報を取り入れ/知覚することを好むか)

lazy_impactさん

中学生 彼女 キス ☆500枚☆

僕には3ヶ月前に彼女ができました。中1です
で、僕はインターナショナルスクールに通ってるのでちょうど最後の日今日から二週間後なんです。